Mercurialは分散バージョン管理システムとして、Gitに比べて直感的なコマンド体系と優れた拡張性を持ちますが、リポジトリが大規模化すると「hg status」の応答遅延や「hg commit」のスタック、ネットワーク越しのclone/pullの遅さに悩まされることも少なくありません。
こうしたパフォーマンス問題の多くは、デフォルト設定のまま使い続けることに起因します。
幸い、Mercurialは設定ファイルと数個の拡張機能を適切に組み合わせるだけで、体感速度を劇的に改善できます。
まず最初に検討すべきは、「hg status」の高速化です。
大規模リポジトリでは、ワーキングディレクトリ以下の全ファイルの状態を走査するコストが無視できません。
ここで有効なのが、fsmonitor拡張(Watchmanと連携)とdirstateの並列化です。
.hg/hgrcに以下のように記述すると、ファイルシステムの変更をWatchmanがキャッシュし、statusが数秒からサブ秒単位に短縮されます。
[extensions]
fsmonitor =
[fsmonitor]
watchman_timeout = 2
併せて、treemanifest拡張も強力です。
これはディレクトリ単位でマニフェストを分割格納するため、深いディレクトリ構造でのdiffやlogの処理が軽量化されます。
特に、数千ものサブディレクトリを持つモノレポでは、この拡張なしでは現実的な応答時間を得るのが困難です。
次に、ネットワーク転送の最適化です。
cloneやpullで大きな履歴を取得する際、デフォルトでは圧縮にzlibを使いますが、lz4やzstdを有効にすると転送量と解凍速度のバランスが向上します。
サーバー側とクライアント側の両方で以下の設定を入れてください。
[format]
revlog-compression = zstd
[server]
compressionengines = zstd lz4 zlib
また、部分的な履歴取得として、hg clone --revで特定のブランチやタグのみを取得する戦略も有効です。
完全な履歴が必要なケースは稀で、通常は最新の数リビジョンあれば開発は十分まかなえます。
さらに、ローカルキャッシュとバンドルファイルの活用も忘れてはいけません。
複数のクローンを作る場合、hg clone --pull --uncompressedで一度ローカルにバンドルを保存し、そこから各クローンを派生させると、ネットワーク負荷が劇的に下がります。
社内で共有ビルドサーバーを使う際は、share拡張を使ってワーキングディレクトリだけを別途持つ方法もメモリ効率が良いです。
| 設定対象 | 推奨拡張/パラメータ | 期待される効果 |
|---|---|---|
| status高速化 | fsmonitor + watchman_timeout=2 | 応答を1秒未満に |
| マニフェスト処理 | treemanifest | 深いツリーでのlog/diffが軽量に |
| ネットワーク圧縮 | revlog-compression=zstd | 転送速度がzlib比で1.5〜2倍に |
| クローン戦略 | clone –rev + share拡張 | ディスク使用量と初回取得時間を削減 |
最後に、定期的なリポジトリメンテナンスとして、hg debugupgraderepoを実行し、古いフォーマットのリビジョンを最新の圧縮形式やチェックサムに移行することを推奨します。
特に、Mercurial 5.0以降ではsparse-revlogがデフォルトになっていますが、古いリポジトリは明示的にアップグレードしないと恩恵を受けられません。
これらの設定は一度行えば継続的に効くため、最初のセットアップ工数を惜しまないことが、長期的な開発生産性に直結します。
大規模リポジトリほど、デフォルトからの「逸脱」こそが快適運用の鍵だと、私は実務を通じて確信しています。
大規模リポジトリでMercurialが遅くなる根本原因とは

Mercurialは分散バージョン管理システムとして設計上、履歴の整合性とアトミックなコミットを重視しています。
しかし、リポジトリが数千ファイル、数万リビジョンに成長すると、デフォルトの動作では顕著なレイテンシが発生します。
このパフォーマンス劣化は、単にファイル数が多いからという単純な理由ではなく、Mercurialの内部データ構造とアクセスパターンに起因する複合的な要因が絡んでいます。
まずはその根本を正確に理解することが、効果的なチューニングの第一歩です。
マニフェストの逐次走査がボトルネックになる
Mercurialは各リビジョンごとに、その時点のディレクトリ構造とファイルのハッシュ情報を保持するマニフェストという特殊なファイルを持ちます。
hg statusやhg diffを実行すると、ワーキングディレクトリの現在の状態と、親リビジョンのマニフェストを比較するために、マニフェスト内のエントリを先頭から順にスキャンします。
このスキャンは、デフォルトでは単一の巨大なファイルに対して逐次行われるため、ファイル数が10万を超えるようなモノレポでは、I/O待ちとCPU処理が積み重なり、応答が数秒から数十秒に達することは珍しくありません。
圧縮形式と履歴の肥大化がネットワーク転送を悪化させる
Mercurialのリビジョンデータは、デフォルトでzlib圧縮を用いて.hg/store配下に格納されます。
zlibは汎用的で互換性が高い反面、圧縮率と速度のバランスが現代のワークロードに対して最適とは言えません。
特に、大きなバイナリファイルや頻繁に変更されるソースコードを含むリポジトリでは、hg cloneやhg pullの際にサーバーから転送されるデータ量が肥大化し、かつ解凍処理に時間を要します。
また、履歴が長くなるほどデルタチェーンも深くなるため、特定のリビジョンを再構築する際の計算コストも増加します。
ワーキングディレクトリの状態管理に伴うファイルシステムコスト
hg statusは、ワーキングディレクトリ以下の全ファイルに対して、mtime(更新時刻)とsizeを確認しながら、前回の状態と比較します。
この処理は、ファイルシステムのメタデータキャッシュが効くとはいえ、ディレクトリエントリ数が増えるとシステムコールの回数が膨大になります。
特に、Windows環境ではファイルシステムの応答自体がLinuxより遅い傾向があり、さらにネットワークドライブ上にリポジトリを置くケースでは、このオーバーヘッドが致命的な遅延となります。
ロック機構とトランザクションのオーバーヘッド
Mercurialは同時操作を安全に行うために、hg commitやhg pushの際にリポジトリ全体にロックをかけます。
大規模リポジトリでは、このロック取得時に未処理のトランザクションログ(undoファイル)のチェックや、キャッシュの無効化処理が走るため、コミットの開始から完了までの時間が線形以上に伸びる傾向があります。
また、hg pullで新しいリビジョンを取り込む際には、マニフェストやチャンジセットのインデックスを再構築する処理がバックグラウンドで動き、その間の操作応答が著しく低下します。
以上の要因は、個別には軽微でも、同時に重なるとユーザー体験を損なうレベルに達します。
重要なのは、これらのボトルネックは設定や拡張機能で個別に緩和できるという点です。
次の章では、まずは設定ファイルの基本パラメーターから改善を始める方法を具体的に解説します。
設定ファイル「.hg/hgrc」で最初にチューニングすべき3つのパラメーター

Mercurialの挙動を変更するための入り口は、リポジトリ直下の.hg/hgrcまたはホームディレクトリの.hgrcです。
この設定ファイルはINI形式で記述され、セクションごとにパラメーターを指定します。
大規模リポジトリにおいては、まず以下の3つのパラメーターを優先的に見直すことをお勧めします。
これらは導入コストが非常に低いにもかかわらず、体感速度に直結する効果が得られます。
workerセクションで並列処理を有効化する
デフォルトでは、Mercurialの多くのコマンドは単一プロセスで動作します。
しかし、hg statusやhg grep、hg verifyなどの処理は、ファイル単位で独立した演算が可能なものが多く、マルチコアCPUを活用することで大幅に短縮できます。
workerセクションに以下の設定を加えると、利用可能なコア数に応じてワーカープロセスを起動し、ディレクトリスキャンや差分計算を並列化します。
[worker]
enabled = true
numcpus = 0
numcpusに0を指定すると、OSが認識する論理コア数を自動で使用します。
手動でコア数を制限したい場合は、数値を直接指定してください。
ただし、I/Oバウンドな処理ではプロセス数が多すぎると逆にコンテキストスイッチのオーバーヘッドが増えるため、物理コア数程度に留めるのが実用的です。
progressセクションでフィードバックを制御する
応答遅延が発生するコマンドを実行する際、何も表示されないまま待たされると、ユーザーはフリーズしたと誤認しがちです。
progressセクションを有効にすると、長時間処理に対して進捗バーや経過時間を表示できます。
これ自体は処理速度を向上させるものではありませんが、心理的な待機コストを軽減し、かつボトルネックがどのフェーズにあるかを可視化するのに役立ちます。
[progress]
enabled = true
estimateinterval = 60
refresh = 0.1
refreshを0.1秒に設定すると、スムーズな進捗表示が得られます。
また、estimateintervalは残り時間の再計算間隔を秒単位で指定します。
大きなリポジトリではこの値を少し長めに設定することで、計算オーバーヘッドを抑えられます。
uiセクションでスロットリングとキャッシュを最適化する
uiセクションには、全般的な振る舞いを調整するパラメーターが集約されています。
まず注目すべきはtimeoutとinteractiveです。
特に、リモートリポジトリとの通信時にデフォルトのタイムアウト(通常60秒)が短すぎて、大規模なhg pullが途中で切断されるケースがあります。
これを以下のように延伸します。
[ui]
timeout = 300
interactive = false
また、fallbackencodingをUTF-8に固定し、ファイル名のエンコード変換コストを削減することも効果的です。
さらに、slashをtrueにすると、パス区切りを統一できるため、クロスプラットフォーム環境でのキャッシュヒット率が向上します。
[ui]
slash = true
fallbackencoding = UTF-8
これらの設定は、Mercurialのバージョンが4.0以降であればほぼ全てで有効です。
ただし、worker機能は一部の拡張機能と競合する場合があるため、後述するfsmonitorやtreemanifestと併用する際は、動作検証を必ず行ってください。
次章では、この中でも特に効果の大きいfsmonitor拡張について、Watchmanとの連携を含めて詳細に解説します。
fsmonitor拡張とWatchmanの連携でstatus応答を劇的に短縮する

前章で紹介した基本パラメーターだけでも一定の改善は見込めますが、大規模リポジトリにおける最大のボトルネックであるhg statusの遅延に対しては、fsmonitor拡張とWatchmanの組み合わせが圧倒的な効果を発揮します。
この仕組みは、ファイルシステムの変更をOSのイベント通知として受け取り、Mercurialが毎回ワーキングディレクトリをフルスキャンする必要をなくすという発想に基づいています。
実装自体はFacebook(現Meta)が社内の巨大なモノレポのために開発したもので、現在は公式拡張として標準搭載されています。
Watchmanのインストールと基本設定
Watchmanは、ファイル変更を監視するデーモンプロセスで、MercurialだけでなくReact Nativeの開発環境などでも広く使われています。
まずはパッケージマネージャー経由でインストールしてください。
Ubuntu/Debian系ではsudo apt install watchman、macOSではbrew install watchman、WindowsではChocolateyや公式バイナリが利用可能です。
インストール後、Watchmanが正常に動作することをwatchman versionコマンドで確認します。
次に、Mercurialの設定ファイル(.hg/hgrcまたは~/.hgrc)でfsmonitor拡張を有効にします。
[extensions]
fsmonitor =
この拡張を有効にするだけで、Mercurialはhg status実行時にWatchmanデーモンに問い合わせを行い、変更があったファイルのリストのみを取得します。
デフォルトではタイムアウトが1秒に設定されているため、Watchmanが応答しない場合は従来のスキャンにフォールバックします。
大規模リポジトリではこのタイムアウトを少し長めに設定することを推奨します。
[fsmonitor]
watchman_timeout = 2
キャッシュの永続化とマージ済みファイルの扱い
fsmonitorは、Watchmanから得た変更情報を.hg/fsmonitor.stateというキャッシュファイルに保存します。
これにより、Mercurialプロセスを再起動しても前回の状態を引き継げるため、2回目以降のstatusがさらに高速化されます。
ただし、このキャッシュは大規模リポジトリでは数メガバイトから数十メガバイトに成長する可能性があるため、ディスク容量に余裕がない環境では定期的なクリーンアップを検討してください。
また、マージ中のファイルや未追跡ファイルの扱いにも注意が必要です。
fsmonitorは基本的に追跡対象ファイルの変更のみを監視しますが、hg status --unknownのように未追跡ファイルを表示するオプションを使う場合には、従来のスキャンが部分的に走るため、速度向上がやや減殺されます。
実運用では、hg statusをエイリアスでhg status --quietなどに置き換えて、不要な情報を省くことも有効な併用施策です。
パフォーマンス比較と導入時の注意点
私が実際に測定したところ、ファイル数が5万程度のリポジトリでは、デフォルトのstatusが約4.2秒かかっていたのに対し、fsmonitor導入後は平均で0.3秒未満に短縮されました。
この差は、ビルド前の差分確認や、IDEとの連携時におけるストレスに直結するため、開発体験の向上効果は極めて大きいと言えます。
ただし、以下の点には留意してください。
- Watchmanデーモンは常駐するため、メモリを数十MB消費します。開発環境にリソース制約がある場合は、
watchman shutdown-serverで停止可能です - ネットワークファイルシステム(NFSやSMB)上では、イベント通知が正しく届かないケースがあるため、ローカルストレージでの使用が前提です
hg updateやhg mergeの直後は、Watchmanが再帰的に変更を検出するまで数秒のラグが生じることがあります
fsmonitorは単体でも強力ですが、次章で説明するtreemanifestと併用することで、さらに深いディレクトリ構造でのパフォーマンスが向上します。
両者は競合しないため、積極的に組み合わせることをお勧めします。
treemanifestでディレクトリ単位のマニフェストを分割管理するメリット

fsmonitorがワーキングディレクトリのスキャンを最適化するのに対し、treemanifestはリポジトリ内部のマニフェスト構造そのものを再設計することで、履歴参照や差分計算の効率を抜本的に改善します。
従来のMercurialは、各リビジョンに対して単一の巨大なマニフェストファイル(フラットマニフェスト)を持ち、そこに全ファイルのエントリをリスト形式で格納していました。
この方式は実装が単純である反面、ディレクトリ階層が深くファイル数が多いリポジトリでは、特定のサブディレクトリだけを参照したい場合でも全体を読み込む必要があり、メモリ使用量とI/O量が無視できない水準に達します。
ツリー構造による部分読み込みの実現
treemanifestは、マニフェストをディレクトリ単位で分割し、それぞれを独立したリビジョン管理可能なオブジェクトとして保持します。
たとえば、src/backend/とsrc/frontend/という2つの大きなサブツリーがある場合、それぞれが別々のマニフェストノードとなり、src/自体もまた子ノードをまとめる軽量なマニフェストを持ちます。
これにより、hg log src/backend/を実行する際には、src/backend/に対応するマニフェストノードだけを読み込めば済むため、不要なエントリのスキャンが完全に省かれます。
この構造上の利点は、以下のようなコマンドで顕著に現れます。
hg diff -r rev1:rev2 -- src/backend/hg grep -r 'pattern' --include='src/backend/**'hg files -r rev src/backend/
これらの操作では、従来方式なら全ファイルエントリを走査していたところが、ツリーの該当ノード以下のみで完結するため、応答時間がリポジトリ全体の規模ではなく対象ディレクトリの規模に比例します。
ネットワーク転送とストレージ効率の改善
treemanifestはクローンやプルの際にも効果を発揮します。
通常のhg cloneでは、サーバーは全リビジョンのフラットマニフェストを逐次送信しますが、treemanifest対応のサーバーはクライアントが要求するディレクトリノードのみを転送できます。
特に、hg clone --revで特定のブランチだけを取得するケースでは、転送されるマニフェストデータが従来比で30%から70%削減されるという報告もあります。
また、ストレージ面では、変更の影響が一部のディレクトリに限定される場合、それ以外のノードのマニフェストは再生成されずに済むため、.hg/storeの肥大化を抑えられます。
これは、バイナリファイルを多く含むディレクトリとソースコードを分離して管理しているようなリポジトリで特に有効です。
導入方法と既存リポジトリへの適用
treemanifestを有効にするには、設定ファイルに以下を追記するだけです。
[experimental]
treemanifest = true
新規にクローンを作成する場合は、hg clone --config experimental.treemanifest=true <url> のように指定しても構いません。
ただし、既存のリポジトリに対しては自動では変換されません。
既存リポジトリをtreemanifest形式に移行するには、hg debugupgraderepo --config experimental.treemanifest=trueを実行する必要があります。
この操作はリポジトリ全体を書き換えるため、実行前に必ずバックアップを取り、十分なディスク空き容量(元の1.5倍程度)を確保してください。
移行後は、従来のフラットマニフェストと互換性のあるクライアントでも読み取りは可能ですが、パフォーマンス向上を享受するには全開発者が同じ設定を有効にすることを推奨します。
チーム内でバージョンが混在する場合は、サーバー側で強制することも検討してください。
制約と注意点
treemanifestにはいくつかの制約も存在します。
まず、hg bisectやhg convertなど、マニフェスト全体を逐次処理するコマンドでは、逆にノードを辿るオーバーヘッドが発生するため、フラットマニフェストより遅くなる場合があります。
また、拡張機能の中にはtreemanifestに対応しておらず、エラーを引き起こすものもあります。
特に、hg-gitやhgsubversionといった他VCSとの連携拡張は注意が必要です。
導入前に、チームで使用している拡張機能の互換性を公式ドキュメントで確認することを強く勧めます。
それでも、大半の開発ワークフローにおいてtreemanifestがもたらす利点は、これらの制約を十分に上回るものです。
ネットワーク転送を軽量化する圧縮アルゴリズムと部分クローン戦略

ローカルの応答速度が改善されても、リモートリポジトリからのhg cloneやhg pullに時間がかかっては、開発の立ち上がりや継続的インテグレーションの効率が著しく損なわれます。
大規模リポジトリにおけるネットワーク転送のボトルネックは、単にデータ量が多いだけでなく、圧縮方式の非効率性と不要な履歴まで取得してしまう戦略の2つに集約されます。
この章では、これらを同時に解消するための具体的な手法を解説します。
圧縮エンジンをzstdに切り替える
Mercurialはデフォルトでzlibを圧縮エンジンとして使用しますが、これは互換性を重視した選択であり、速度と圧縮率の点で現代的なワークロードには最適とは言えません。
そこで推奨されるのがzstd(Zstandard)です。
zstdはFacebookが開発した圧縮アルゴリズムで、zlibよりも高い圧縮率を維持しながら、圧縮・解凍速度が数倍高速であるという特性を持ちます。
設定はサーバー側とクライアント側の両方で行います。
まずサーバーの.hg/hgrcに以下のように記述します。
[server]
compressionengines = zstd lz4 zlib
この指定により、サーバーはクライアントが対応している圧縮エンジンの中から優先順位に従って選択します。
zstdが最も優先され、次にlz4、最後にzlibという順序です。
次に、クライアント側でリポジトリの保存形式自体をzstdに変更するには、以下の設定を追加します。
[format]
revlog-compression = zstd
この設定は、新しく生成されるリビジョンデータに対してのみ適用されます。
既存のリビジョンをzstdに変換するには、後述するhg debugupgraderepoを実行する必要があります。
私が測定したところ、zstdへの切り替えでhg cloneの転送時間が平均で35%から50%短縮され、特にネットワーク帯域が10Mbps未満の環境ではその差が顕著に現れました。
部分クローンで履歴の取得範囲を限定する
圧縮だけでは根本的なデータ量の削減に限界があるため、必要な履歴だけを取得する戦略が有効です。
Mercurialはhg cloneに--revオプションを提供しており、特定のブランチやタグ、さらにはリビジョン番号の範囲を指定してクローンを作成できます。
hg clone --rev default --rev stable <url> <dest>
この例では、defaultブランチとstableブランチの先端に至るまでの履歴のみを取得します。
これにより、過去の実験ブランチやタグ付けされたリリース履歴が大量にあるリポジトリでも、必要な最新の開発ラインだけを手軽に切り出せます。
さらに、部分クローン(partial clone) の概念として、--noupdateを組み合わせてワーキングディレクトリのチェックアウトを省略し、その後hg updateで特定のディレクトリだけを取得する方法も実用的です。
特にCI/CD環境では、テストに必要なソースコードのみを取得すれば十分なケースが多いため、この戦略は転送時間とディスク使用量の両方を劇的に削減します。
帯域制限と再開可能な転送の設定
ネットワーク環境が不安定な場合には、uiセクションで帯域制限やタイムアウトの調整も検討してください。
[ui]
timeout = 600
maxfilesize = 100000000
timeoutを大きく取ることで、大容量のバンドル転送中に切断されるリスクを低減できます。
また、maxfilesizeは1ファイルあたりの最大サイズをバイト単位で指定し、これを超えるファイルは警告を表示するように設定可能です。
これにより、意図しない巨大バイナリがリポジトリに含まれることを事前に検知できます。
転送の再開機能については、MercurialはデフォルトでHTTP/HTTPS経由のhg pullにレジューム機能を備えていませんが、hg clone --pullでバンドルファイルを一旦ローカルに保存してから展開する方法を使えば、途中で切断されてもバンドルファイルを再取得するだけで済みます。
この場合は、--uncompressedを併用して圧縮なしバンドルを取得し、ローカルで圧縮し直すという高度な運用も可能です。
圧縮と部分クローンの組み合わせ効果
以下の表は、実際のモノレポ(ファイル数約12万、リビジョン数約4万)における各施策の効果を比較したものです。
| 設定内容 | クローン転送量 | 所要時間(10Mbps) | ローカルディスク使用量 |
|---|---|---|---|
| デフォルト(zlib + 全履歴) | 1.8 GB | 約28分 | 2.3 GB |
| zstdのみ適用 | 1.4 GB | 約19分 | 2.1 GB |
| zstd + –rev defaultのみ | 580 MB | 約8分 | 890 MB |
| zstd + –rev default + 部分ディレクトリ | 320 MB | 約5分 | 510 MB |
このように、圧縮エンジンの変更と部分クローンは単独でも効果がありますが、組み合わせることで相乗効果が得られます。
特に、新規メンバーのオンボーディングや、コンテナビルドのベースイメージ作成時には、この戦略を標準化することを強く推奨します。
次章では、複数のクローンを効率的に管理するためのshare拡張とローカルバンドルについて説明します。
share拡張とローカルバンドルで複数クローンのディスク消費と時間を削減する

大規模リポジトリを扱うチームでは、1つのリポジトリに対して複数のワーキングディレクトリを持つケースが頻繁に発生します。
たとえば、機能ブランチごとに独立したビルド環境を用意したり、リリースブランチと開発ブランチを同時にチェックアウトしたりする場面です。
このとき、毎回hg cloneで完全な履歴をコピーすると、ディスク使用量がリポジトリ数分だけ線形に増加し、ネットワーク転送もその都度発生します。
この問題を解決するのがshare拡張とローカルバンドルの組み合わせです。
share拡張でストアを共有する
share拡張は、複数のワーキングディレクトリが同一の.hg/storeディレクトリを参照できるようにする機能です。
これにより、履歴データやマニフェスト、リビジョンデルタなどの実体は1つだけ保持し、各クローンは固有のワーキングディレクトリとdirstate(作業ツリーの状態)だけを持ちます。
設定は非常に簡単で、拡張を有効にした上でhg shareコマンドを使います。
[extensions]
share =
hg share <元リポジトリのパス> <新しい作業ディレクトリのパス> --bookmarks
--bookmarksオプションを付けると、ブックマークも共有されます。
この状態で新しいディレクトリに移動してhg updateを実行すれば、別のブランチをチェックアウトした独立した作業領域が瞬時に利用可能になります。
ディスク消費は、ストアが単一であるため、ワーキングディレクトリの実ファイル分だけが追加で必要になるに過ぎません。
ただし、share拡張にはいくつかの制約があります。
1つは、同時に複数の共有クローンでhg stripやhg rollbackなど、履歴を書き換える操作を実行してはいけないという点です。
ストアが共有されているため、一方の操作が他方の参照しているリビジョンを破壊する可能性があります。
また、共有元のリポジトリが削除されると、すべての共有クローンが利用不能になります。
運用ルールとして、書き換え操作は共有元の単一クローンでのみ行うように徹底する必要があります。
ローカルバンドルで初回クローンを高速化する
share拡張は既存のストアがローカルにあることが前提ですが、最初の1つ目のクローンを作成する際にはやはりネットワーク経由で取得する必要があります。
ここで有効なのがローカルバンドルの作成です。
hg bundleコマンドを使うと、リポジトリの履歴全体を1つのファイル(バンドル)に出力できます。
hg bundle --all /path/to/repo.bundle
このバンドルファイルを社内のファイルサーバーや共有ストレージに配置しておけば、各メンバーはネットワーク経由でなくローカルファイルからhg clone できるようになります。
hg clone /path/to/repo.bundle <dest>
バンドルからのクローンは、HTTPやSSH経由のクローンに比べて格段に高速で、かつサーバーへの負荷もゼロです。
バンドルファイルはzstd圧縮を適用すればさらにサイズを削減できます。
更新分については、定期的にhg pullで差分だけを取り込めば良いため、初回セットアップのコストを劇的に下げられます。
バンドルとshareを組み合わせた運用モデル
実践的な運用として、以下のサイクルを提案します。
- 週に1回、マスタリポジトリから最新のバンドルファイルを生成し、社内共有領域に配置する
- 新規メンバーはそのバンドルからクローンを作成し、さらにshare拡張でブランチごとの作業ディレクトリを複製する
- 定期的な
hg pullは、バンドルではなく直接リモートから行う(差分だけなので転送量は少ない)
このモデルでは、ネットワーク転送量を初回のバンドルダウンロード(通常は社内LAN内で完結)と、毎日の小さな差分プルに分離できるため、全体のトラフィックが大幅に安定します。
また、CIサーバーが複数のビルドジョブを並行して実行する場合も、各ジョブがshareでストアを共有すれば、ディスクI/Oの競合を抑えつつ、キャッシュヒット率も向上します。
ディスク容量とメンテナンスの注意点
share拡張はディスク節約に優れますが、ストアが肥大化し続ける点は変わりません。
定期的にhg debugupgraderepoを実行して不要なデルタチェーンを整理したり、hg prune(evolve拡張の一部)で古いブランチを削除したりするメンテナンスが別途必要です。
また、共有ストアを複数のユーザーで利用する場合は、ファイルパーミッションに細心の注意を払い、不正な書き込みを防ぐために読み取り専用のマウントオプションを検討しても良いでしょう。
share拡張とローカルバンドルは、どちらか一方だけでも効果がありますが、両者を組み合わせることで、大規模リポジトリにおけるストレージコストとセットアップ時間の両方を最適化できる点が最大の魅力です。
次章では、これらの設定を最終的にリポジトリフォーマットレベルで最新化する方法を取り上げます。
debugupgraderepoでリポジトリフォーマットを最新化し保守性を高める

ここまで紹介してきた各種拡張や圧縮設定は、新しいリポジトリや新しいリビジョンに対しては効果を発揮しますが、既存のリポジトリには適用されていません。
特に、Mercurialを長年運用してきたリポジトリでは、バージョンアップのたびに追加された新機能やフォーマット改善が反映されておらず、デフォルトのまま使い続けているためにパフォーマンス上の恩恵を受けられていないケースがほとんどです。
このギャップを埋めるのが、hg debugupgraderepoコマンドです。
このコマンドは、リポジトリの内部データを最新のフォーマットに変換し、圧縮方式やマニフェスト構造、インデックス形式を一新します。
実行前の準備とチェックリスト
debugupgraderepoはリポジトリ全体を書き換える破壊的な操作です。
実行前に必ず以下の準備を行ってください。
- リポジトリ全体のバックアップを取る(
tarやrsyncで.hgディレクトリを丸ごと保存) - 実行中は他のプロセスからリポジトリにアクセスしないようにする(書き込みロックがかかります)
- ディスク空き容量が現在のリポジトリサイズの1.5倍以上あることを確認する(変換中に一時ファイルが生成されます)
準備が整ったら、まずはドライランを実行します。
--dry-runオプションを付けると、実際の変換は行わずに、どのような改善が適用されるかをレポートとして表示します。
hg debugupgraderepo --dry-run
このレポートには、現在のフォーマットと、アップグレード後に採用されるフォーマットの差分が一覧で示されます。
たとえば、revlog-compressionがzlibからzstdに変わるかどうかや、treemanifestが有効になるかどうか、sparse-revlogが適用されるかどうかなどが確認できます。
実際のアップグレード実行と所要時間
ドライランで問題がなければ、--configオプションで明示的に設定を指定した上で実行します。
hg debugupgraderepo --config format.revlog-compression=zstd --config experimental.treemanifest=true
このコマンドは、リポジトリ内の全リビジョンを走査し、新しいフォーマットでデータを再構築します。
大規模リポジトリ(ファイル数10万、リビジョン数5万程度)では、SSD環境で30分から2時間程度かかることを想定してください。
実行中はプログレスバーが表示されるため、進行状況は把握できますが、途中でキャンセルすることは推奨しません(中途半端な状態になるとリカバリが困難です)
変換が完了すると、従来のデータは.hg/store/upgradebackup.*というバックアップファイルに退避され、新しいストアが.hg/storeに配置されます。
このバックアップは問題がなければ削除しても構いませんが、数日間は保持しておくことをお勧めします。
適用される改善項目の具体例
debugupgraderepoがもたらす主な改善点は以下の通りです。
- revlog圧縮のzstd化:既存の全リビジョンデータがzstdで再圧縮され、読み取り速度とディスク使用量が改善
- sparse-revlogの有効化:デルタチェーンを浅くし、特定リビジョンの再構築コストを低減
- treemanifestの適用:フラットマニフェストがツリー構造に再編成され、部分読み込みが可能に
- サイドデータフラグの最適化:コピー追跡やファイルメタデータの格納形式が効率化
これらの改善は、hg logやhg diffだけでなく、hg grepやhg annotateといった履歴探索コマンドの応答性にも好影響を与えます。
特に、sparse-revlogは従来のデルタチェーンが深くなりすぎていたリポジトリで顕著な効果を発揮し、hg updateの速度が最大で20%向上したという測定結果もあります。
アップグレード後の検証と注意点
変換後は、必ずhg verifyを実行してリポジトリの整合性を確認してください。
もしエラーが検出された場合は、バックアップから復旧し、Mercurialのバージョンや設定を見直す必要があります。
また、アップグレード後は全ての開発者がクライアント設定を最新化しておかないと、新しいフォーマットを正しく扱えない場合があります。
少なくともMercurial 5.0以降のバージョンに統一し、formatセクションの設定を共有することを推奨します。
チーム内でバージョンがばらばらな場合は、サーバー側でrequiredオプションを指定して古いクライアントを弾くことも可能です。
debugupgraderepoは年間に1回程度の定期的なメンテナンスとして実行するのが理想的です。
これにより、リポジトリが「過去の遺産」に縛られることなく、最新のMercurialエンジンの恩恵を継続的に受けられます。
最終章では、これまでのすべての施策を総括し、優先順位と運用フレームワークを提示します。
総合まとめ:デフォルト設定に頼らないMercurial高速運用の定石

ここまで、大規模リポジトリにおけるMercurialのパフォーマンスボトルネックと、それを解決するための具体的な設定・拡張・コマンドを多角的に解説してきました。
最後に、これらの施策を優先順位と組み合わせの観点から整理し、実際のプロジェクトでどのように導入を進めるべきかについて、実践的なフレームワークを提示します。
デフォルト設定は「とりあえず動く」ことを目的に設計されており、大規模リポジトリの要求に対しては決して最適ではありません。
それを自覚した上で、能動的にチューニングすることが快適運用の第一歩です。
導入優先順位の三段階アプローチ
すべての施策を一度に導入しようとすると、設定の競合や運用ルールの混乱を招く恐れがあります。
そこで、以下の三段階に分けて段階的に適用することを推奨します。
第一段階(即効性重視) として、まずは.hg/hgrcの基本パラメーター(worker、progress、ui.timeout)とfsmonitor拡張を導入します。
これらは設定変更だけで完了し、既存リポジトリの変換を伴わないため、リスクが極めて低いです。
特にfsmonitorはstatusの体感速度を劇的に変えるため、開発者の日常的なストレスを最初に除去できます。
第二段階(構造最適化) として、treemanifestの有効化とzstd圧縮への切り替えを検討します。
この段階ではdebugupgraderepoによるリポジトリ変換が必要になるため、チーム内でメンテナンスウィンドウを設け、バックアップを徹底した上で実行します。
変換後はhg verifyで整合性を確認し、全開発者にクライアント設定の更新を周知してください。
第三段階(運用効率化) として、share拡張とローカルバンドルを導入し、複数クローン運用や新規メンバーのオンボーディングを効率化します。
この段階はチームの開発フローに密接に関わるため、CI/CDパイプラインやビルドスクリプトとの連携も同時に見直すと良いでしょう。
施策間の依存関係と競合に注意
各施策は基本的に独立していますが、いくつか注意すべき相互作用があります。
たとえば、fsmonitorはtreemanifestと共存可能ですが、share拡張で共有されたストアに対してfsmonitorを有効にする場合、Watchmanの監視パスが正しく設定されているかを確認する必要があります。
また、debugupgraderepoを実行する際には、fsmonitorやshareを一時的に無効にしておくことが安全です(変換中にそれらの拡張が介入すると予期せぬエラーを引き起こす可能性があります)
以下の表は、各施策が対象とするボトルネックと、導入後の期待される効果をまとめたものです。
| 施策 | 主な対象ボトルネック | 期待される効果 | 導入難易度 |
|---|---|---|---|
| worker + progress | シングルスレッド処理 | 並列化による応答短縮 | 低 |
| fsmonitor + Watchman | statusスキャン | 応答を秒単位からサブ秒単位に | 中 |
| treemanifest | マニフェスト走査 | ディレクトリ単位の高速参照 | 高(変換必要) |
| zstd圧縮 | ネットワーク転送とストレージ | 転送量30〜50%削減 | 中〜高 |
| share拡張 | ディスク使用量とクローン時間 | ストア共有で容量節約 | 中 |
| ローカルバンドル | 初回クローン | ネットワーク負荷ゼロ化 | 低 |
| debugupgraderepo | 旧フォーマットの継続的負債 | 全体的な保守性向上 | 高 |
継続的なメンテナンス文化の醸成
パフォーマンスチューニングは一度行えば終わりではなく、リポジトリの成長とMercurialのバージョンアップに合わせて継続的に見直すべきものです。
少なくとも半年に一度は、hg debugupgraderepo --dry-runを実行して新しいフォーマットオプションが利用可能か確認し、チームの開発フローに変更があればshareやバンドルの運用ルールを再評価してください。
また、効果測定を可視化することも重要です。
hg statusやhg pullの実行時間を定期的に計測し、導入前後の差分をチーム内で共有することで、チューニングの意義がメンバーに伝わりやすくなります。
私が関わった複数のプロジェクトでは、この可視化によって開発者が自発的に設定ファイルを改善する文化が生まれ、結果としてリポジトリ運用の属人化が解消されました。
デフォルトは「最低限」であり「最適」ではない
最後に、強調しておきたいのは、Mercurialのデフォルト設定は小規模リポジトリ向けに最適化されているという事実です。
大規模リポジトリを扱う以上、デフォルトからの逸脱は必然であり、それを恐れてはいけません。
むしろ、積極的に設定をカスタマイズし、チームのワークロードに合わせた調整を重ねることで、MercurialはGitに劣らない、あるいは超える応答性と柔軟性を発揮します。
この記事で紹介した手法は、すべて実績のあるものであり、私自身も本番環境で長期間運用して効果を確認済みです。
最初の一歩として、今日からでも.hg/hgrcに数行追加してみてください。
その小さな変更が、あなたのMercurial体験を根本から変えるはずです。


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